仮定法過去〜新たなる闘いへの序章(4
2008/06/02 Mon [Edit]
頑健な体躯の持ち主でもなく、目を惹かれる程に稀有な容貌の持ち主でもなく、さりとて、息を呑むような聡明さが閃く程の鋭さを秘めているわけでもない。
黄金の有翼獅子と称えられた皇帝 ラインハルトと比べれば、甚だ 凡庸な、風采の上がらない学者風情にすら見えた。
だが、何かが違った。
この人は「違う」のだと、わけも無く思った。
たった数刻前まで砲火を交わしていた敵旗艦に、護衛の1人も連れず、単身で乗り込んで来たというのに、気負うでもなく、怯むでもなく、飄々とした風情で、茫洋と、珍しげに辺りを見回す様に、出迎えに立ったミュラーの方こそが緊張したものだ。
その人の第一声は何だったろうかと、思い出そうとして、不意に失笑する。
『とんでもない。こちらこそ』
先に自己紹介したのはミュラーの方で、ヤンは、それに対して、そんな在り来たりな返答をくれたのだ。まるで、ほんの暫く会っていなかった友人と再会したかのように、気軽い、在り来たりな返答は、親しみすら感じるものだった。
ああ、この人は「違う」のだと。
身の内が震えるような戦慄と共に、ミュラーは、その人に対して、敵愾心や敗北感や、あらゆる負の感情を持ち続けるのは難しいだろうと、奇妙な感覚の中で思ったものだ。
『ヤン・ウェンリーは、不思議な人でしたよ』
過日、そう言ったのは、今は亡きジークフリード・キルヒアイス元帥だった。
『偉大な将帥には決して見えないというのに、その懐は限りなく深くて・・・。まるで・・、そう、滾々 と湧き出る泉のような・・・。そんな人でしたよ』
ジークフリード・キルヒアイスは、まるで・・、そう、大事な友人を語るように言ったのだ。
真意は、理解 らない。
真意を語ってくれただろう戦友は、既に墓の下だ。
だが、ジークフリード・キルヒアイスは、ヤン・ウェンリーであれば、手を握ることの出来る人物なのだと、そう語っていたのではないのか?
ヤンであれば、皇帝 ラインハルトの良き理解者になれるのでは、と?
そこまで思い至って、ミュラーは己の思惟を呑みこむ。
それは、あまりに穿ち過ぎであり、あるいは、あまりにも危険な発想でもあったからだ。
やがて、ローエングラム王朝ラインハルト1世亡き後、帝国の形式を立憲君主制へと変換し、議会制度を整備する、礎 の一翼になろうとは、この時のミュラーには、思いもよらなかったことであろう。
「どのみち、新しい時代の幕開けには、違いがなかろうよ」
若いミュラーの、、慄 きに似た感傷など知るところでもなく、知る気もないロイエンタールは、まるで素っ気無い口調で言ったが、内心はどうであったろうか。
『ヤン・ウェンリーを実効ある首班とした上で、ヤン政権の樹立を認めるものである』
例え状況が「それ」をこそ望んでいたとしても、ヤンは あの同盟軍随一の知将は、皇帝 ラインハルトの口から、その言葉を引き出したのだ。
ヤン・ウェンリーこそが、ラインハルトにとって、唯一の対抗者であると、対等足り得る者であると、所詮は、そういうことなのか?
奴だけが、かの志尊たる覇者の英気を輝かせ続けることが出来る、唯一にして無二の対抗者足り得るのである、と?
新たなる闘いへの序章(5.へ続く
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仮定法過去「VARIATION2」 52頁 1998年5月3日 初出
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黄金の有翼獅子と称えられた
だが、何かが違った。
この人は「違う」のだと、わけも無く思った。
たった数刻前まで砲火を交わしていた敵旗艦に、護衛の1人も連れず、単身で乗り込んで来たというのに、気負うでもなく、怯むでもなく、飄々とした風情で、茫洋と、珍しげに辺りを見回す様に、出迎えに立ったミュラーの方こそが緊張したものだ。
その人の第一声は何だったろうかと、思い出そうとして、不意に失笑する。
『とんでもない。こちらこそ』
先に自己紹介したのはミュラーの方で、ヤンは、それに対して、そんな在り来たりな返答をくれたのだ。まるで、ほんの暫く会っていなかった友人と再会したかのように、気軽い、在り来たりな返答は、親しみすら感じるものだった。
ああ、この人は「違う」のだと。
身の内が震えるような戦慄と共に、ミュラーは、その人に対して、敵愾心や敗北感や、あらゆる負の感情を持ち続けるのは難しいだろうと、奇妙な感覚の中で思ったものだ。
『ヤン・ウェンリーは、不思議な人でしたよ』
過日、そう言ったのは、今は亡きジークフリード・キルヒアイス元帥だった。
『偉大な将帥には決して見えないというのに、その懐は限りなく深くて・・・。まるで・・、そう、
ジークフリード・キルヒアイスは、まるで・・、そう、大事な友人を語るように言ったのだ。
真意は、
真意を語ってくれただろう戦友は、既に墓の下だ。
だが、ジークフリード・キルヒアイスは、ヤン・ウェンリーであれば、手を握ることの出来る人物なのだと、そう語っていたのではないのか?
ヤンであれば、
そこまで思い至って、ミュラーは己の思惟を呑みこむ。
それは、あまりに穿ち過ぎであり、あるいは、あまりにも危険な発想でもあったからだ。
やがて、ローエングラム王朝ラインハルト1世亡き後、帝国の形式を立憲君主制へと変換し、議会制度を整備する、
「どのみち、新しい時代の幕開けには、違いがなかろうよ」
若いミュラーの、、
『ヤン・ウェンリーを実効ある首班とした上で、ヤン政権の樹立を認めるものである』
例え状況が「それ」をこそ望んでいたとしても、ヤンは
ヤン・ウェンリーこそが、ラインハルトにとって、唯一の対抗者であると、対等足り得る者であると、所詮は、そういうことなのか?
奴だけが、かの志尊たる覇者の英気を輝かせ続けることが出来る、唯一にして無二の対抗者足り得るのである、と?
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仮定法過去「VARIATION2」 52頁 1998年5月3日 初出
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