MEMORY LAND〜天才ヤンの元気の出る政治

若い頃に書いた二次小説の夢のかけらを、少しずつ拾い集めてみたくなりました。

仮定法過去〜新たなる闘いへの序章(7.

2008/08/19 Tue [Edit]

 宇宙艦隊総司令長官にして、帝国三元帥の一人でもあるミッターマイヤーの様子が、どうも深刻らしいと、ミュラーとて、口も挟まず、神妙に耳を傾けていたのだ。
 酒の席では長過ぎると感じる沈黙に、喉を潤そうと、グラスを傾けたまさにその時、その科白は、あまりにも唐突に、あまりにも突拍子もなく、ミュラーの鼓膜を打ったのだ。
 いったいここはどこだろうと、思わず腰を浮かせかけたミュラーに冷たい一瞥を投げ、ロイエンタールが、おもむろに咳を払う。
 「俺も、お前が好きだが・・・。しかし、こんなところで改めて確認し合うことでもあるまい? 二人きりならいざ知らず」
 二人きりならいいのだろうかと、新しい時代への期待と不安に心昂ぶらせていたはずのミュラーは、話の展開についていけない。
 「そうなのか? だがな、ロイエンタール。俺は、おまえと共に生きていきたいと、常々思っているぞ」
 とんでもない方向に転がり込んでいる会話に、もしかしたら、ここにいてはいけないのだろうかと、ミュラーは、オロオロと周りを見回してしまう。
 「まあ・・、これからは、戦死という事態は低くなるだろうからな。その可能性は飛躍的に高くなるだろうが」
 「茶化すなよっ。俺は本気で言っているんだぞっ」
 ミッターマイヤーの声が、高くなる。
 ミュラーは、周囲の視線が痛い。
 高級士官クラブとはいえ、他に人がいないわけではないのだ。
 ロイエンタールは、ほんの少し、秀麗な眉目を、しかめ、目の前に並んでいるオードブルを眺めた。
 何か悪いものでもあっただろうか・・・。
 「酔っているな、けいは」
 「ああ、酔っているさ。よって悪いかっ」
 三元帥の一角にして、帝国軍宇宙艦隊総司令長官は、グラスに残った琥珀を、思い切りよく呑み干すや、タンと、グラスをテーブルに戻した。
 「新しい時代が来るんだぞ。これまでのような殺戮と破壊の為だけの時代ではない。育成と建設の為の、覇気に富んだ時代だ。無論、まだ不安定なものだろう。困難もあるさ。だがな。、皇帝カイザーは、それらを乗り越えることの出来る方だ。あの御方なら、きっとやれる。やり遂げる。何より、俺達は、その手助けを出来るんだぞっ」
 それは安定への努力であり、地道であっても、無駄ではないのだと、熱っぽく語る旧知の友を、ロイエンタールは僅かに妬ましい思いで見たかもしれない。
 十年来の旧友は、豪胆で果断であり、どんな敵にも怯んだことはないが、決して野蛮な好戦家ではない。誠実であり公正な旧友は、むしろ、安定と平穏を心から望んでいる。彼の家庭は、その象徴とも言うべきものだ。子こそ成せないが、快活で可愛い妻を、こよなく愛し、穏やかで落ち着いた家庭を築いている。
 だが、それが理想論であることも、ミッターマイヤーにも理解わかっていた。
 「世の中は・・、何より平和であることが一番さ。それは、皇帝カイザーも、よく御承知のはずだからな」
 急に落ちた、苦味を含んだ声が、図らずも、ロイエンタールに、あるいはミュラーにさえ、ミッターマイヤーの言わずに消えた『それにしても・・・』の次句を告げてしまっていた。
 戦乱を望む声は、あるのだ。
 ここにきて、それはむしろ、高くなっているかもしれない。
 しかも、戦乱を望む声は、軍内部の、若手の高級士官の中でくすぶっているのである。
 人生の栄達を、まさにこれから得ようという若手の高級士官にとってみれば、皇帝カイザーラインハルトの、事実上、同盟の存続を認めた英断は、武勲を立てる機会を不意に奪われたようなものだ。軍人の栄達は、所詮、戦場で武勲を立ててこそと、それもまた、150年続いてきた戦争の、負の遺産というものか。
 『死にかけた同盟など、今更生かしておいて何になるのか』
 『即刻侵攻し、即時に滅ぼしてしまえばいいのだ』
 それは、強大な武力への盲信であり、時勢を計れぬ者の愚直でもある。
 ただ、皮肉にも、それは、憎むべきゴールデンバウム王朝の礎となったルドルフ大帝が恐怖政治によって打つ立てた、帝国こそ絶対不可侵の精神に通じるものであり、血気に逸る一部若手高級士官の気運が、栄達への早道という野望に満ちた欲求であると察知しているからこそ、ラインハルトも、今のところは一顧だにもしていないのだ。
 絶対不可侵の座に就きながら、絶対不可侵などというものを、かの至尊たる獅子帝こそが、信じてはいないのだ。信じていないからこそ、至尊であり、高潔たり得るのだ。
 それは、理解る。
 だが、正直なところ、戦場という、存在意義を問う必要もなかった場を奪われるだろう軍人は、これからどうすればよいのか。
 何より、このまま同盟との講和が成立し、和平への努力こそが求められるようになれば、いたずらに強大化してしまった軍部は、必ずや縮小を求められるだろう。実際、、財務尚書オイゲン・リヒター民生尚書カール・ブラッケなどは、早くも皇帝カイザーに軍の縮小を提訴しており、それもまた、一部若手士官の反感を煽っている。

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仮定法過去「VARIATION2」 52頁 1998年5月3日 初出

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仮定法過去〜新たなる闘いへの序章(6.

2008/08/18 Mon [Edit]

 皮肉っぽい冷笑を交えた声は、オスカー・フォン・ロイエンタールの意識無意識の双方に沈む人生の翳りを覆うもので、友誼も10年になろうミッターマイヤーには、耳慣れた、金銀妖曈の友人にはよく似合う響きである。
 だが、慣れない者に、それは、傲岸に聞こえ、反体制的危険をはらんだものに映るらしい。
 否、映るのだ。
 実際、公然と反駁している軍務尚書オーベルシュタインは勿論のこと、皇帝の首席秘書官を務め、その知力は一艦隊に匹敵するであろうマリーンドルフ伯爵令嬢ヒルデガルドすら、口にこそ出さないものの、この旧友には、一抹の不安を覚えているようではないか。
 ウォルフガング・ミッターマイヤーの為人ひととなりは、誠実にして豪胆、果断にして公正である。明朗闊達な性質は、陰になる感情を捻じ伏せる精神力にも恵まれている。そして、今や銀河宇宙の、戦争も平和も思いのままになる大軍の将たる彼は、愚鈍ではない。
 バーミリオン会戦の折り、、至尊たる皇帝カイザーを失わずに済んだのが、ヒルダこと、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの英知の故であることは十二分に承知わかっている。敬意を表しこそすれ、疎んでなどいない。
 だが、彼女の知謀を完成させる協力者に、ミッターマイヤーがロイエンタールを選んだ時、ヒルダの面に僅かに数瞬浮かんだ逡巡を、ミッターマイヤーは見逃してはいなかった。
 あの逡巡は懸念であり、聡明な伯爵令嬢をしても、否、聡明であるからこそ、この旧友は不安の対象になってしまうのか。
 「ミッターマイヤー?」
 いつか・・・。
 いつか、尋常ならざる事態が、深い傷を癒すことも出来ないまま、自らその傷を抉っているような旧友を、取り返しのつかない所にまで追い詰めてしまうのではないか?
 「どうしたんだ、いったい?」
 快活な友人をして、そんな深刻な懸念なのかと、ロイエンタールの色の違う双の瞳も、眇められる。
 「ん? いや・・・」
 少し口籠りながら、ミッターマイヤーは掌の中のグラスに浮かぶ琥珀に目を落とす。
 魅惑的な琥珀の色は、過ごし過ぎれば毒となる。人類は過去、それを毒として、禁じようとした歴史もある。その色、その芳香は、確かに酷く誘惑的で、人々を絶望的な破滅の淵に引き摺りこむこともある。だが、毒と承知しても、手放さないのは、人の方だ。
 第一、魅惑に満ちた琥珀は、百毒の長とも言われるが、逆に、百薬の長と言われもするではないか。要は呑み方というもので、呑み方を間違えた者が、その責任を、その琥珀にまで押し付ける愚をまで容認することがあるものか。
 そもそも、尋常ならざる事態が、おこるとは限らないではないか。
 よしんば、おこってしまったとしても・・・。
 俺が、いる。
 自ら傷を抉っているような旧友を、取り返しのつかない所まで、落としたりはしない。
 躰を張ってでも、俺が、引き摺り上げる。
 「おい、ミッターマイヤー」
 さすがに焦れてきた旧友の声に、ポツリと零れる。
 「俺は・・・」
 「うん?」
 「お前が好きだぞ、ロイエンタール」
 グフッと、魅惑的な琥珀にせたのは、ナイトハルト・ミュラー上級大将であった。

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仮定法過去「VARIATION2」 52頁 1998年5月3日 初出

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仮定法過去〜新たなる闘いへの序章(5

2008/07/21 Mon [Edit]

 我が皇帝マイン・カイザー
 だが、我が皇帝マイン・カイザーよ。
 新しい時代は、幕を開けたばかりだ。
 なる程、ゴールデンバウム王朝は倒れ、新しい秩序の時代は幕を開けた。名門名閥を優遇してきた税制の諸制度を全廃し、窮状している国庫を補うのも、いいだろう。全臣民に公平な税制を敷くのも、また良かろう。公正な裁判も、結構なことだ。高邁な理想を掲げ、それに邁進することは、統治者の徳というものだ。
 だが。
 そこにこそ、思いも掛けない落とし穴があるのではないか?
 公正な裁判はともかくとして、公平な税制とは理想の極みだ。
 それに、フェザーンは?
 優遇されてきた大貴族共を、更に利用して益を潤わせていたフェザーンが、たかだか自治権を剥奪された程度で、利潤を手放すものだろうか。何より、貴族共の足元を見て伸し上がってきた帝国の豪商共が、全臣民に公平な税制とやらに満足するであろうか。
 経済とは、公平な税制に微笑み返してくれるほど純真ではなく、まして、経営は、慈善事業ではない。
 事実、制圧して尚、フェザーン最大の金融地区であるアポリスク・バンク、その守秘義務とやらを絶対とし、大貴族や豪商の膨大な私財を呑み込んでいるであろう金庫は、未だ新帝国の前に開かれることはない。それすらも武力を持って開かせようというなら、武力によって築き上げてきた新帝国のいしずえは、経済という姿のない化け物によって食い荒らされることになるだろう。反発するのは、旧王朝の大貴族ではなく、帝国全域に根を下ろした商人達であり、また、各殖民惑星の統治を実質してきた駐留の貴族達である。
 いわんや、軍事力に心血を注ぎ、民心の目を生活向上心から逸らせる為に行われてきた旧王朝の時代錯誤的な内政によって、国民生活の文化的水準は、叛徒共が250年かけて進めてきたのに正対して、帝国は確実に後退してきているのだ。
 正しく『活かさぬように、殺さぬように』の施策を持ってした500年であり、それに慣れ切った民衆は、自らの思想すら持たない。この点に関しては、ラインハルトすら例外ではあるまい。
 今やひとつの銀河宇宙の制覇した輝ける有翼獅子の出発点は、慕わしい姉を奪われた悲憤であって、決して、高邁な理想や思想ではない。また、そうであったからこそ、主義や思想、人の生死、その在り方の狭間で、常に行きつ戻りつしていたヤンよりも、遥かに率直で直裁的な行動が出来たのだ。
 だが、その結果としての軍事力は、事ここに至っては、諸刃の剣でしかあるまい。
 軍事力によって切り開き、軍事力ばかりが増大し、幕僚の発言権は閣僚のそれを封じることさえしばしばである現在の新帝国の在り様は、政体としては歪んだものである。
 旧王朝の残した負の遺産は、いかに高邁な理想を掲げようと、容易に取り除けるものではなく、まして、公平な税制とは、いかなる時代の、いかなる政体にとっても、理想の極みだ。
 無論、助言を求められれば、進言もしよう。だが、一軍人が、求められもしないものを、余計な口を差し挟む必要がどこにあろうか。
 もっとも、至高にして至尊、英明たる皇帝カイザーが、それら負の遺産に気付いていないはずもなかろうか。
 我が皇帝マイン・カイザー
 類い稀な才気をして、輝かしい覇道を切り開いてきた、黄金の有翼獅子。
 至尊たる、我が皇帝マイン・カイザーよ。
 新しい時代は、幕を開けたばかりで、上演すべき演目すら、決まってはいない。
 ヤン・ウェンリーにしてからも、当代随一の知将が、必ずしも前途有為な為政者になれるとは限らないではないか。
 時代はまだ、どう転ぶか知れたものではない。
 そう。暫くは、その転び具合を見るのも一興というものか。
 「それにしても・・・」
 ミッターマイヤーの懸念を映した声が、思惟に沈んだロイエンタールの鼓膜を打ち、ふと視線を上げる。夜闇のくろと蒼空のあおが、旧知の友を見た。
 「どうした、ミッターマイヤー? 宇宙艦隊司令長官としては、何か御懸念でもおありか?」

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仮定法過去〜新たなる闘いへの序章(4

2008/06/02 Mon [Edit]

 頑健な体躯の持ち主でもなく、目を惹かれる程に稀有な容貌の持ち主でもなく、さりとて、息を呑むような聡明さが閃く程の鋭さを秘めているわけでもない。
 黄金の有翼獅子と称えられた皇帝カイザーラインハルトと比べれば、甚だはなは凡庸な、風采の上がらない学者風情にすら見えた。
 だが、何かが違った。
 この人は「違う」のだと、わけも無く思った。
 たった数刻前まで砲火を交わしていた敵旗艦に、護衛の1人も連れず、単身で乗り込んで来たというのに、気負うでもなく、怯むでもなく、飄々とした風情で、茫洋と、珍しげに辺りを見回す様に、出迎えに立ったミュラーの方こそが緊張したものだ。
 その人の第一声は何だったろうかと、思い出そうとして、不意に失笑する。
 『とんでもない。こちらこそ』
 先に自己紹介したのはミュラーの方で、ヤンは、それに対して、そんな在り来たりな返答をくれたのだ。まるで、ほんの暫く会っていなかった友人と再会したかのように、気軽い、在り来たりな返答は、親しみすら感じるものだった。
 ああ、この人は「違う」のだと。
 身の内が震えるような戦慄と共に、ミュラーは、その人に対して、敵愾心や敗北感や、あらゆる負の感情を持ち続けるのは難しいだろうと、奇妙な感覚の中で思ったものだ。
 『ヤン・ウェンリーは、不思議な人でしたよ』
 過日、そう言ったのは、今は亡きジークフリード・キルヒアイス元帥だった。
 『偉大な将帥には決して見えないというのに、その懐は限りなく深くて・・・。まるで・・、そう、滾々こんこんと湧き出る泉のような・・・。そんな人でしたよ』
 ジークフリード・キルヒアイスは、まるで・・、そう、大事な友人を語るように言ったのだ。
 真意は、理解わからない。
 真意を語ってくれただろう戦友は、既に墓の下だ。
 だが、ジークフリード・キルヒアイスは、ヤン・ウェンリーであれば、手を握ることの出来る人物なのだと、そう語っていたのではないのか?
 ヤンであれば、皇帝カイザーラインハルトの良き理解者になれるのでは、と?
 そこまで思い至って、ミュラーは己の思惟を呑みこむ。
 それは、あまりに穿ち過ぎであり、あるいは、あまりにも危険な発想でもあったからだ。
 やがて、ローエングラム王朝ラインハルト1世亡き後、帝国の形式を立憲君主制へと変換し、議会制度を整備する、いしずえの一翼になろうとは、この時のミュラーには、思いもよらなかったことであろう。
 「どのみち、新しい時代の幕開けには、違いがなかろうよ」
 若いミュラーの、、おののきに似た感傷など知るところでもなく、知る気もないロイエンタールは、まるで素っ気無い口調で言ったが、内心はどうであったろうか。
 『ヤン・ウェンリーを実効ある首班とした上で、ヤン政権の樹立を認めるものである』
 例え状況が「それ」をこそ望んでいたとしても、ヤンは    あの同盟軍随一の知将は、皇帝カイザーラインハルトの口から、その言葉を引き出したのだ。
 ヤン・ウェンリーこそが、ラインハルトにとって、唯一の対抗者であると、対等足り得る者であると、所詮は、そういうことなのか?
 奴だけが、かの志尊たる覇者の英気を輝かせ続けることが出来る、唯一にして無二の対抗者足り得るのである、と?

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仮定法過去〜新たなる闘いへの序章(3.

2008/03/25 Tue [Edit]

ダークブラウンの髪をさっぱりと撫で付けた、端正な容姿の持ち主だが、何より印象的なのは、その双眸である。青い左目と黒い右目の金銀妖瞳ヘテロクロミアは、この男の貴公子的な容貌へ、更に魅惑に満ちた印象を与えると共に、心を騒がせずにはおれない不穏な危険をも漂わせていた。
 「どんな社会であろうと、富める者は幾らでも肥え太り、貧しい者はより虐げられる。共和主義だろうが専制主義だろうが、体制など形骸に過ぎぬさ。問題は、頭に頂く指導者の在り様だろうよ」
 専制主義をさえ批判しかねない痛烈な指摘は、だが、最後の言葉が辛うじて救ったようだ。
 ミッターマイヤーが、皮肉屋で冷笑癖のあると囁かれて久しい、長の旧友の言葉尻を逃がさず、すかさず言い募る。
 「確かに、ロイエンタールの言には一理あるな。制度は所詮、形式に過ぎないと、俺も思う。現に、同じ専制であったゴールデンバウム王朝を誇りにしたいとは、とても思えん。皇帝カイザーラインハルト陛下という傑出した指導者を得たからこそ、我らもこうして、今を過ごしていられるのだしな」
 「そう、ですね。これが一時代前だったら、目も当てられない」
 若いミュラーも、統帥本部総長ロイエンタールの言葉にひやりとした心胆を、なだめながら、感慨深く頷いた。
 まったく、この時代に生まれついたことを、大神オーディンに感謝したい。
 この時代に生まれついたからこそ、皇帝カイザーラインハルトに巡り合い、ヤン・ウェンリーという異才とも近接することが出来たのだ。これ程の僥倖が、どの時代に在ろうかと、ミュラーは、ヤンとの一度だけの逢瀬を、ふと思う。
 バーミリオン会戦の直後だった。
 バーミリオン会戦は、実質的には、帝国軍の完敗であったのだ。
 自分であったらと、思う。
 自分であったら、あれ程に不利な状況下で、あれ程までに見事な戦術を駆使し、戦況を構築出来ただろうか。
 ミュラーとて、幾度戦艦を乗り換えたか。
 戦況に押し流されそうになる度に、ミュラーは不退転の決意を持って、ヤン艦隊に挑んでいった。
 だが、負けた。
 あの時、あの瞬間、ヤン艦隊の砲列は、確かに、主君ラインハルトの旗艦ブリュンヒルトを捕らえていたのだ。
 白い貴婦人ブリュンヒルトが砕け散らなかったのは、同盟の前政権が発した停戦命令の故だったという。
 だが。
 あの時、あの戦況で、自分なら、停戦命令に従えただろうか。
 しかも、命を発したのは、失策ばかりを繰り返す愚劣な政府だ。
 理不尽な命令である。
 勝てる戦いであるのだ。
 勝利が目の前で、身を横たえているのだ。
 手を取りさえすれば、歴史の流れも、覇道の全ても、その掌中に出来るのだ。
 得も言えぬ蠱惑的な誘惑にこそ、どうして勝ち得たのか。
 ミュラーは、おそらく、この時初めて、ヤン・ウェンリーという人物を、戦略家としてでもなく、戦術家としてでもなく、一個人として、興味を持ったに違いない。
 そして、旗艦ブリュンヒルトで、初めて出会った人は、決して偉大な将帥には見えなかった。

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