MEMORY LAND〜天才ヤンの元気の出る政治

若い頃に書いた二次小説の夢のかけらを、少しずつ拾い集めてみたくなりました。

仮定法過去〜天使の梯子8(了)

2008/08/23 Sat [Edit]

 暮れ色に染まる窓辺で、彼は、ロイヤル・シートに身を沈め、夕景を眺めるのが好きだった。執務の合間に歴史の本に没頭して、閣僚から呆れられ、小言を貰っては渋々と執務に戻っていた。ピアドールのフィッシュ・アンド・チップスが好きで、こっそり隠れて食べても、必ず胸焼けを起こすものだから、その度に主治医の諦めに近い溜息を誘った。
 静謐として穏やかな笑みは、時折り、淡い残像とよく似た印象を映すけれど・・・。
 あの兄は、あんなに我儘では、なかったぞ。
 それとも。
 あの頃は、そうとは気付かなかった、だけなのだろうか・・・。
 どうして2度も、こんな思いをしなければならないのだと、屋敷の奥に引き籠ってしまった兄の相談役フィールズ・ヘニンガーは、今年、65。
 どうして・・・。
 どうして、あれら、ああも飄々と、呆っ気なく・・・。
 夕景に沈む、主を亡くした部屋が、滲む。
 思い出とやらは、心地好くもあり、不快でもある。
 甘味の強過ぎる感傷は、まるで、指の隙間から掬う間もなく零れ落ちていったかなしいおもいに似ている。
 トリューニヒトは、その時、漆黒の瞳が濡れたように光るのを見たが、それが、鋭利な美貌の上に注がれることはなかった。代わりに零れたのは、
 「半年・・・。たった半年だものなぁ」
 ホトリと、溜息にも似た自嘲である。
 「まったく・・・。せめて後、1年くらいは、待てなかったものかねぇ」
 誰が、とは言わない。言うまでもないことだ。言うまでもないことを、自嘲に紛らせていってしまったのは、感傷というより、むしろ、先行きの重圧を、彼女なりに覚悟したからだ。
 「無理だろうねぇ。あれは、我儘だったからねぇ」
 誰が、とも言わず。だが、これも、言うまでもないことだ。
 たまには、そういうこともあるのだろうさと、そんなことを信じてもいないはずの男は、暮れ色に染まる遠景を眺め、コトリと、小さな吐息を落とす。
 1年。あと1年あれば、同盟・帝国間の相互安全保障条約は、締結を見る。自由惑星同盟と銀河帝国の間に相互安全保障条約を締結した首席として、彼は歴史にその名を刻んだことだろう。だが、歴史に輝かしい名を刻むことなど、あれは、夢にも見ないことだろう。そんなことは、誰によって成されようと構わない。成されることが、肝要なのだと。
 夕景を背して、この日、最後の残照が主を亡くした部屋へと差し込む。
 天上というものが在るのだとしたら・・・。
 今頃は、人の世のことなど関心もなく、歴史の趨勢を眺めて楽しんでいるのだろうか。
 それとも・・・。
 最初の妻と、最後の恋人との間で、右往左往しているか。
 あれならば、天使の梯子も、容易く手に掴むことが出来るのだろうよと、皮肉っぽくわらう。
 甘味の強過ぎる感傷には、シナモンでも落とさなければ、味わえない。何分、生まれて此の方、初めて味わう味覚である。
 この目で見る、それもひとつの奇跡というもの。
 少女の恋、超常の恋の成し得た奇跡は、5ヵ月後には誕生する。
 「明後日にでも、議会に承認を求めるか」
 「明後日、かね?」
 「掛け持ちは、さすが、したくないからなぁ」
 出来ないと、言わない辺りが、ルイーゼの精神的骨格を現しているというものだ。
 「君は常々、あれに、譲りたがっていたからねぇ」
 「・・・雄弁は金だったか?」
 世間一般では、雄弁は銀で、金は沈黙である。が、政治家にとって、沈黙は逃避か愚鈍でしかなく、必要なのは、立て板に水を流す雄弁さである。これに関しては、ヤンも、ある意味、雄弁だった。
 「何、世間話だろう?」
 しれっと言う政府顧問を斜視に見上げた筆頭補佐官は、ついで、ニッと嗤う。
 「そういえば・・・、アンネローゼからも、弔辞が届いていたな」
 つと、トリューニヒトの端正な容貌が、微かな苦笑を刻む。
 「・・・ああ言えば、こう言う、かね?」
 「何、ちょっと思い出しただけだろう?」
 覇気だけを頼みとする程、もう若くはない。だが、円熟の域に入る程には、まだ老いてはいない。
 「帝国軍務尚書が、公式に F L F フェザーン解放戦線を糾弾したそうだな」
 彼は彼女に、泣いて悼んで欲しいなどと、望んではいまい。
 「事ここに至っては、組織セクトとして、認めざるを得ないだろうよ。だが、何にせよ、帝国あちらが責任を取りたがっているのは、有り難いね」
 同じく彼にも、今更白々しく惜しんで欲しいなどとは、更々思うまい。
 暮れ色に染まる、主を失った首席執務室に、初夏の残照を長く引かせて、行く筋かの陽光がそらへと向かってきらめく。
 古来、人はそれを、天使の梯子と、呼んだ。

       ※     ※     ※

 亜空間で三次元の曲線を描く会話を、ダグラス・マッケンジーは、直立不動のまま、『聴覚は現在使われておりません』風情でやり過ごした。
 だが、容姿にしろ、おそらくは演技力にしろ、どんな人気俳優にも優るとも劣らない、ヤン政権の筆頭補佐官と政府顧問の背を見送る視覚の方は、奇妙に複雑なもので揺れるのを抑えることは出来なかった。
 その人は、不思議な人だった。
 どんな悪意も、その人には通用しなかった。
 どんな悪意も、その腕に、全て許容してしまうような人だった。
 そうして・・・。
 最期の瞬間にも、自分を殺してしまう程の悪意すら、その人は、許容してしまったのだろうか。
 不意に視覚が揺れ、景色が揺らぐ。マッケンジー警護官は口をへの字に曲げ、胸を張り、肩を怒らせることで、込み上げてくる熱さを呑み込んだ。
 その部屋に、もう、警護すべき主はいない。
 『明後日』には、所有者も変わる。
 だが、それでも、今はまだ、瀟洒な扉の向こう側は、ヤン首席の首席執務室なのだ。
 『ありがとう。御苦労様』
 と、穏やかに響く声を掛けてくれることが、2度とは訪れなくとも・・・。
 今は・・、まだ・・・。

       ※     ※     ※

 翌6月21日。
 同盟建国以来の老舗では、当代の突然の退陣により、新しい家長を迎え入れることとなった。
 一方、予想はしていたし、ある程度、覚悟はしていたものの、殆ど、押し付けられた格好となった身重の家長アティラ・カールスバーグは、いっそすっぱりと全ての権限を譲渡し、身軽になった先代ホアナ・ルイーゼから、『折角ここまで続いたんだから、おまえの代で身上しんしょうを潰すなよ』とのたまわれ、40になって尚衰えない当代稀な美貌を、露骨にしかめて見せた。
 そして。
 宇宙歴812年6月22日。
 自由惑星同盟議会の承認をもって、ホアナ・ルイーゼを首班とした暫定政権が、樹立した。

『仮定法過去〜天使の梯子』 了。

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「仮定法過去〜VARIATION2」 52頁 1998年5月3日 初出

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仮定法過去〜天使の梯子7

2008/08/22 Fri [Edit]

 「自分にも・・、厳しい子だったがな・・・」
 ホロリと、苦笑が零れる。
 が、トリューニヒトは、そんな感傷にこそ苦笑する。
 あれは、ヤンの『厳しさ』ではない。
 あれは、ヤンの『意固地さ』であり、ヤンが、決して曲げようとはしなかった『持説』だ。
 トリューニヒトからすれば、ヤンは、水と油というより、希代の珍獣というものだったが、ホアナ・ルイーゼには、『自分が選んだ為政者』への欲目や贔屓目が勝るというものか。
 いや、やはり、喪失の感傷というところだ。
 「で? 当初の問題は? どうなったのかね?」
 当初の問題。暫定政権は、樹立しなければならない。
 だが、それ自体には、問題はない。
 ヤンの後を襲って暫定政権の首班と立つのが政府顧問ヨブ・トリューニヒトであれば、それは異論が出るだろうが、筆頭補佐官ホアナ・ルイーゼなり国務長官アレックス・キャゼルヌなりであれば、市民は無論のこと、議会や報道さえも、承服出来る人事である。
 ヤン政権は、間違うことなく、ヤンを核とし、ヤン自身、自らの意志を曲げることのない、頑固で剛毅な首席であった。だが、それは、それこそ内実のことで、表面的には、ヤンは、信頼に値する閣僚の裁量に任せ、信頼に値する閣僚に主導されているかのような為政者であったのだ。
 『ヤン政権が、同盟史上屈指の政権であったことは、疑いようのないことではあろう。だが、だからといって、その首班であったヤンを、そのまま真に偉大で優れた為政者と評価して良いものであろうか。
 ヤン・ウェンリーとは所詮、民意を集める為に祭り上げられた、【救国の英雄】という衣を纏った神輿に過ぎなかったのではないか』
 確かにヤンの執政は、通常、政策は閣僚と各省庁の裁量に委ね、法案の推移は議会を主体とし、余程逼迫した事態でもない限り、首席の強権を発動させることはなかった。
 『内政的にも、外政的にも、ヤン自身が決定したものなど、何ひとつなかった』
 後世、ヤンに批判的な歴史家や政治評論家などが、そう評する所以でもあるが、それこそが、ヤン・ウェンリーという人物の『意固地さ』であり、ヤンの決して曲げなかった『持説』というもので、結果として、それが『ヤンの厳しさ』となるのだ。
 ベストよりベターを、と言い。
 民主主義の迂遠さこそが、民主主義の可能性だと言った。
 だから、【救国の英雄】の【決定】が【金科玉条】になるようなことが、あってはならないのだ、と。
 人も、社会も、組織も。
 制度も、政策も、法案も。
 時代の流れと共に、変わるのが当然、と。
 これだけは、ヤンが『意固地』なまでに決して曲げることのなかった『持説』で、成ってみれば、結果として、欲深い人間には『厳しさ』となるのだ。
 あの『珍獣』は、そういえば、世の富貴にも、興味がなかった。
 あれが、唯一執着したのは、歴史の趨勢だけだった。
 「・・・そろそろ葬儀も終わるな・・」
 首席の執務机の端に軽く腰掛けながら、鋭利な美貌は窓外へと視線を送る。そろそろ陽も傾き、空は夕景に染まる。
 6月20日のこの日は、午後から、ヤンの葬儀が行われている。
 故人の遺志により、身近な者だけで、簡潔に執り行われているはずだ。行政としての告別は済んでおり、また、故人の為人ひととなりを承知している所為か、仰々しい葬列が出来ることもなかったが・・。
 「首席官邸シャフツベリー・アベニューは、とうに弔問の花で埋もれているがね」
 いったい。
 あの花達を回収し、分別し、処分するのに、どのくらいの費用を捻出することになるのか。
 古風な造りの首席官邸は、市民には、ヤンを象徴する『家』であり、現在、議会は、ヤン・ウェンリー記念館として保存するか否かを、検討しているという。
 故人は、大いに嫌がるだろうが。
 ルイーゼの初仕事は、議会の決議を承認することになるだろう。
 熟年には懐古を、壮青年には対向意欲を、若年には戒めを、残すことも歴史というものだ。
 「やれやれ、面倒なことだな」
 しなやかな動作で、執務机から離れる。黒を基調としたスーツは、夕景に映えて、エキセントリックだ。
 「それも、責任の所在というものだろう?」
 グレーのスーツに黒のネクタイ、黒のハンカチは、それでも、この男なりの心尽くしというものか。
 「ふ、ん。誰の責任か、一度、じっくりと追及したいものだね」
 ルイーゼの小気味の良い鋭さが、故人は好きだった。彼は彼女に、泣いて悼んで欲しいなどと、望んではいまい。同じく彼にも、今更白々しく惜しんで欲しいなどとは、更々思うまい。
 「それもいいがね、ホアナ。そもそも水掛け論というものは、譲歩がなければ決着は付かないと、相場が決まっているのだよ」
 それこそ白々しい言い様に、
 「ふ〜〜ん。相場はそうでも、今更、譲歩する気はないなぁ」
 ルイーゼは、軽々と受ける。
 その気があったのなら、ヤンがトリューニヒトを送還する必要もなく、あるいは、命を落とすこともなかったかもしれないと、そう思いたいのは、感傷というものだ。 
 「フェザーン解放戦線FLFとやらは、いい材料になるさ。無駄にする気もないからね」
 フェザーン解放戦線FLFを?
 それとも、あの子の、死を?
 瀕死だったあの子に、やりたくもない役を押し付けたのは、もう、13年も前のことだ。
 あの子を知ったのは、それよりも前のことで・・・。
 奇妙な、ものだ。
 思えば・・・、あの兄よりも長く、関わってきたのだ。

天使の梯子8へ 続く
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「仮定法過去〜VARIATION2」 52頁 1998年5月3日 初出

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今年の夏コミ

2007/07/13 Fri [Edit]

今年のコミック・マーケットは、8月17日(金)、18日(土)、19日(日)なんですね。

即売会から離れて随分になるけど、今回は18日に行ってみようかな。
でも、なんだか、古き良き無謀な青春を懐かしむオバサンみたい、ですかね。

場所は、東京ビッグサイトで変わっていないようですね。

初めての夏コミケ

2007/06/26 Tue [Edit]

初めての同人誌は、近在の人と一緒に作ったオリジナルだった。
その彼女と、一緒に行ったのが、夏のコミケ。
確か、1980年の夏だったと思う。
カタログは、岩崎さんのイラストが表紙だったということ覚えています。

当時、TVアニメ・六神合体ゴッドマーズに夢中で、明神タケルが可愛くてさ。
でも、この時はまだ、同人誌の二次小説なんて世界は知らなかったのだけど・・。

夏のコミケ、っていうのが、ツボだったよね。
正しく、「こういう世界があるのかぁ」でしたっけ。
そいでもって、一気に嵌ってしまったのですよね。

そして、約20年に及ぶ同人誌生活が始まった次第であります。
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